Monday, May 30, 2016

『キャロル』

 今日は『キャロル』(CAROL、2015)を観に渋谷のアップリンクに。
 チケットを買ったらカフェの割引券をくれたので軽食をとることにした。平日なのでシアターホールは空いていたが、館内にあるカフェは満席であった。上映時間が迫っていたので、あまり時間がなかったのだが、ひさびさに清々しい気持ちでスイーツをほうばった。
 さて本題の『キャロル』であるが、「ムダなものが何もない…!」としか感じられなかった。すべてが美しいのです。こわしてはいけない…とさえ思わせる。舞台は1950年代のニューヨーク。デパートの店員をしていた若いテレーズが、キャロルという婦人に出会った時がふたりの愛の始まり。しかし、ふたりは互いに女であった。当時の社会的状況やキャロルの夫との関係、そして娘の存在が、ふたりを運命づける。そして、愛が脅かされれば脅かされるほど、ふたりの愛は深まっていく。
 やはりケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの演技、いや存在が素晴らしい。とりわけマーラ演じるテレーズのキャロルを見つめるまなざしはなんて切ないのだろう。「愛そのもの」を見つめているとしか思えない!たしかに永遠の愛はあります!
 これ以上書くとふたりの永遠の愛をこわしてしまいそうなので、この文章を読んでくださっている方には、実際に作品を観て愛を体験していただきたいと思う。
 そしてこの映画はファッションがとても素敵だった。昔のニューヨークってこんな感じなのか、と少し憧れを抱きながら見ていた。ルーニー・マーラはさながらオードリー・ヘップバーンを思わせる。